ふりびしゃにっき

四間飛車を愛するアマチュア将棋ファンが、気が向いたときに書くブログです。

ぼくの将棋歴①

自己満足のブログを書き始めて3日目。

いい機会なので、将棋との付き合いを振り返ってみようかな。

 

【初心者のころ】

将棋を覚えたのは、幼稚園生のころ。正確には物心ついたころにはもうルールを知ってた。多分、祖父か父が教えてくれたんだろう(家族のだれも覚えていない)。

 

買ってもらった初心者向けの本を、ボロボロになるまで繰り返し読んだ。家にあった表がオセロ、裏が将棋のゲーム盤(伝われ…!)で両親と遊んだ。(父は10級くらい、母は15級くらい。)

祖父母の家に遊びに行くと、祖父が相手をしてくれた。祖父は初段ないくらいで、小学生の間はずっと、祖父に勝ったり負けたり。すごく楽しかったな。 

 

ちなみに、ぼくが読んだ初心者本は本当に名作だと思うので、おすすめです。

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【~小学4年生 野良将棋少年・藤井竜王

初めて将棋大会に出たのは、小学2年の秋だったかな。地元はまぁまぁ将棋が盛んなところで、当時は2-3か月に1回くらいの頻度で将棋大会が開かれていた。

A-Eクラスにクラス分けがされていて、一番下のクラスは7級以下だったかな。大人に混じっての大会だったので将棋になるのか不安だったけど、2勝(3敗)できたので満足。

あるときの将棋大会で、開会式を待っているとぼくより少し年上(3つ上だったかな?)くらいの子どもが目の前に座った。「将棋を指そう」といって、練習将棋を指した。いつの間にか仲良くなって、大会に出るたびに勝った負けたとかはしゃいだな。あと、彼から「ぼのぼの」を借りて読んだ。これが同年代で初めての将棋友達。そのうち彼が中学生になって、だんだん大会に出てこなくなって、会うことはなくなってしまったけど、元気にしてるかなぁ…。

 

学校でも将棋指したけど、相手になるクラスメイトはいなかった。だから一番身近なライバルはパソコンの将棋ソフトだった。あまり将棋の本も買ってもらえなかったので、将棋ソフトと新聞の将棋欄で勉強した。あとは「ひとり将棋」。それでも小学校4年生になるころには将棋大会の一番下のクラスで勝ち越せるくらいにはなっていた。

 

ちょうどその頃、将棋界では藤井竜王の時代だった。絶対王者でタイトル戦ではまず負けないと言われていた当時の羽生n冠に、四間飛車藤井システム・ガジガジ流で挑んでいた。型破りな振り飛車、飄々とした横顔…「カッコいい、あんなふうになりたい」と思った。それまでは矢倉などを適当に指していたけど、四間飛車を指すようになった。四間飛車で強くなりたいと思った。できれば藤井システムを指しこなしたいと思った。

家のパソコンに入っていた「東大将棋3」「東大将棋 四間飛車道場」には、定跡解説の機能がついていたから、それを何十回も並べた。

 

 

【小学4年生 初めての優勝・緑のおじさん】

地元の将棋大会では、年に2回「こどもクラス」なるものが設定されていた。こどもクラスと大人が混じったEクラス、レベル的にはあまり違いはなかったようにも思う。小学4年生の秋、そのこどもクラスで優勝した。優勝はおろか、入賞も初めてだったように思う。とてもうれしかった。

優勝決定戦はすごく印象に残っている。3回戦が終わった時、ぼくを含めて全勝は2人だった。お昼休みにご飯を食べていると、もう一人の全勝の子から練習将棋に誘われた。確か2局やって両方負けた。ぼろ負けだった。序盤から大差だった。こんなに強いやつがいるのかと思った。

4回戦でその子と当たった。5回戦まであったけど、これに勝てば5回戦に負けても優勝らしかった。正直勝てないと思った。逃げたいと思った。ここで大会が中止にならないかなとか思った。相手は優勝を確信した顔をしていた。序盤をなんとか乗り切った。中盤でも崩れなかった。最終盤、なんか詰みが見えた。相手は悔しそうに投了した。

その日、その子ともう2番練習将棋を指した。やっぱりぼろ負けだった。頭を振り絞って考えた手を、その子は3秒くらいであっさり否定した。差は歴然だった。「俺は初段だぞ」と彼は言い残して帰っていった。

当時のぼくに、初段なんて実力到底ないことは理解していた。本割で勝てたのも相手の油断だということも明らかだった。それでも、間違いが起これば初段に勝てる。それだけでうれしかった。

 

ぼくの他にも、将棋大会に出てくるこどもはたくさんいた。大会の手合いをつけるのはライトグリーンのウインドブレーカーを着たおじさんだった。おじさんはこどもに手合いカードを渡すとき、「がんばれよ」と声を掛けていた。でもぼくに手合いカードを渡すとき、何も声をかけてくれなかった。どうやら顔見知りのこどもと、そうでないこどもとで対応が違うらしいことは理解できた。

それは、ぼくが大会で初めて優勝した後、ほかの大会でもぼちぼち勝てるようになってからもそうだった。あのおじさんに応援されたい、もっと強くなりたい、そう思った。

 

(つづく)